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2011年6月29日 (水)

Depression Rites : normal condition

ここのトコロ脳内活動が停滞気味で、見る能力も低下してるか(;´Д`)
…と言うのも、“基本的にネタ無し”は観察力がないという現れでもあり…

1時就寝、5時覚醒、起床。
睡眠時間、4時間。

忙しいのか、余裕があるのか判別つきようがないが、
1日を終えた時点で何か今日はあったかと思い出すも、印象に残っていない時点で、
“ネタが無い”と感じてしまうのは、些か都合が良すぎる理由じゃなかろうか、と思う。

毎日はルーチンワーク化して同じトコの連続のようにも感じる事が多いが、
詳細な部分をあげれば必ず昨日とは違う今日が有る訳であり、
その事について何も書けないというのは、観察力とアイディアの結びつきが弱く、
文章をまとめ上げる能力が低下してるのではないかと感じつつある。

ここ最近の日記記事を見渡しても1日の経過報告でしかなく、
今一つ読ませるだけの魅力については僅かばかりとなってしまっている。

このコトは不本意ではあるが、精神的余裕の無さの表れかもしれない。
出来る事ならば自分本位ではなく、自身より外側からの目で観察できれば良いのだが、
今のところ何かに追われているような感じの生活なので、世界を面白く見ていないかも。

イマイチ、表現力と観察眼の限界かなぁ、などと愚痴ってみたりするが、
ソレでどうにかなるような状態ではないので、やはり自分自身の能力不足なのだろう。

せめて季節や時間の流れが感じるような文章が打てればと思うのだが、
セカセカと足早に状況を流そうとするだけが精一杯で、
もっと大きく周囲の情景を見ようという気持ちがほとんど無かったのかもしれない。

…と、まぁ、自戒を込めて書き出してみたが、
実質的には何も変わっていないので“基本的にネタ無し”には殆ど変わりない。

しかしながら、何がこうした思い付きを書くようになったかというと、
今日になって初めて、紫陽花の花を見たような気がしたからである。

とっくにその様な季節であり、どこにでも植えられているはず植物だが、
意識して「その花を見た」という憶えが今日まで全く無かった。

帰宅する電車の外をボンヤリと見ていた時に、
青と紫の花が見えた事で「ああ、紫陽花が咲いているのだな」と初めて気がついた。

日々、通っているはずの光景で、見慣れているはずの窓の外だが、
どうして今まで紫陽花の花が咲いているという事を認識できなかったのだろうか? と。

そこまで生活や趣味に追われていて、周りの風景が目に入らなかったのかと、
今更ながらに驚きを禁じ得ず、また恥ずかしくもあると感じた。

気持ちや心に余裕がない時ほど“ネタ無し”としてしまうのかもしれない。

見えているモノまで「見えない」と認識してしまうようでは未だに物書き失格である。

…とりあえず、今日は今月初めて紫陽花を見た。
6月も残すところ僅かなのだが…

情け無い話しだが、事実であるので、自戒を込めて記しておく事にしよう。

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