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2011年4月23日 (土)

人は誰かに責任をなすりつけたい

…思うのだ。

原発事故でなくとも、大震災でも、

自分にとって、なすすべがない時、

とにかく自分には責任がないことを表明するために、

いずれかの、可能性がある当事者に対して、責任をなすりつけようと試みる。

それが、世間体な時流に乗れば、いかにも自分は被害者だとしか認識しない。

しかしながら、元をただせば、

沿岸域で生計を立てることを決めたのは、その人本人であり、

原発周辺で、その安全性を信じて、地域振興の恩恵を受けたのも、その人だ。

すなわち、既にリスクを担保にした生活をし続けて、そう決めたのは、住民その人である。

よって、

この気に及んで、東京電力や自治体、政府に責任をなすりつけるのは、
その人の認識不足が招いた結果であり、
全てを他人の責にするのは、ただの物乞いでしかない。

どんなに大切で立派な理由があろうとも、
他人の言葉を信じて、考えることを放棄した者達の、
この不幸の源は、自分自身にあると言わざる得ない。

…いくら原発周囲に居住してようと、
ソレを選んだのは、その人であって、自治関わる政治に一任したのであるから、
設置者を責める事自体、己が選んだ責任の放棄としか見なされない。

ああ、不幸かな。
日本人は責任逃れの方法だけを模索し続けている現状が今であり、情け無い限り。

貴方が一度認めたモノは、最後まで全うする責任を負うべきだろう。

…不勉強は、免責にならず、
この日本のおいてはチェルノブイリの前例から何を学び取っていたのかと思うばかり…

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