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2011年4月13日 (水)

Depression Rites : normal condition

何とか事なきを得て、日常に復帰。
…とは言えども、何となく低調な1日、ネタ無し(;´∀`)

1時半就寝、6時起床。
睡眠時間、4時間半。

プレ企画復帰に向けての準備は、まだ半ば程度。
見切り発車の可能性もあるが、土曜日にはアクションを起こしたい。

実のところを言えば、昨晩は0時半頃には眠れる塩梅だったのだが、
何をトチくるったのか、リビングの環境変えを始めてしまう。

全体的には大した動きではなかったのだが、
ちょっとばかり気になったせいで、ラックの機器をゴタゴタ動かし始めた。
…おかげで、配線作業とかも手を付けてしまい、1時間ほど浪費する。

深夜にやることでも無しに…と思うが、
気になってしまったのでは、眠れんと言う事で(;´Д`)

…まぁ、おかげで程良く疲れてから布団に入った。

朝方、思いの外に起きれない(w
布団でウダウダと寝返りするも、どうにも起きあがるまでの気力が上がらず、
いつもよりも10分程度遅れて起床した。

あとは、チィーナさんの世話など、普通に朝の行動を行う。

…ただ、鬱っぽい感じは残ったままで、
ウチを出る間際までモチベーションは下がりっぱなしとなり、
残り5分! となってから急いで着替え、そのままの勢いで出勤した。

仕事。
昨日休んだ分も含めて色々と有り、少し忙しく。

昼休みギリギリまで手作業がかかり、作業台を簡単に片づけてから、食堂へ行った。

で、
昼食後戻ってきたら、職場には有機溶剤臭を感じたので、暫し換気扇を回す。
…仕事中は殆ど気にならなかったが、一度外の空気を吸い込んでから戻ると、
こうも臭いがキツかったのかと、今更ながらの反省する次第。

やはり作業を続けているウチに鼻が臭いに慣れてしまって、
溶剤の臭気も何も感じなくなるのだろうなぁと、あらためて思うに至る。

午後、修理を幾つか。
保管している物品の修理で、1つ失敗してしまい、リカバリーに時間がかかる。

内部部品を取り出すため、ケーシングをハンマーで小突いていたら、
意図しない部分を凹ましてしまう。

どうでも良いところだったら、諦めもついたのだが、
あいにく凹んだ部分はネジ穴の山が切ってあるところだったモノで、
このままだとネジ穴の変形で接合不能になりかねなかった(;´Д`)

慌てて色々な手立てを試みるも、完全回復とは行かずに、
不格好なまま修理になってしまう。

もう少しどうになから無かったのか? と思いはすれど、
時間切れで終了となり、終業時刻を迎えた。
…まぁ、一応の修理は完了したと言う事で、諦めておく(w

帰宅。
…特段変化無し。

朝は気にする暇がなかったが、
昨晩片付け損ねた状態のままなのが気に障るが、
疲れているので、作業するだけの勢いもなく、そのまま見なかったことにした(w

とにかく日常の戻ることができて、休むことなく会社へ行くことができたが、
全体的には低調なままで思考に瞬発力がない。

何となく、ボンヤリしていた時間がなかったような気がするが、
ともかく少しずつでイイから、復調できるように、何とかしたいなぁ(;^ω^)

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日常」カテゴリの記事

コメント

ひろひらさんの育った家は海抜何メートルくらいのところにあって、何メートルの津波が襲ったのですか。大曲、地図で見る限りでは、家の近くから海が見えるような風景ですよね。

投稿: jun | 2011年4月14日 (木) 18時32分

jun様、コメント頂きありがとうございます。

私の育った地は定川橋北西側、住宅地です。
14日時点でのGoogle Earthでは、まだ道路が冠水してる感じです。
3月中はほぼ水に浸かっていたままでしたね。
標高は1m位であり定川の水面より少し高い程度で、
入ってきた海水は定川堤防と国道45号線等に囲まれた上に、
地盤沈下よって自然に水が退くことができず随分長い間浸水したままでした。
…その後、排水ポンプなどの機械の力を得て、4月までには排水できたようです。

一応は海岸線からは3km程度の場所なので、さすがに海を見るには遠すぎましたが
しかしながら想像の範囲を超えて津波の被害は更に奥まで行き、
五味倉地区や赤井小学校の方まで海水が入ったことを考えれば、
5kmぐらい内陸にまで海水が入ってきたことになります。
横沼地区では住宅地の1階はほぼ水没した模様ですので、
私の生まれ育ったところでも2m以上の水が流れ込んだと思います

また現状で更に状態を悪くしているのは、定川大橋が流された上に、
大曲側で堤防が決壊している事であり、
定川堤防はサイクリングルートが設定されている状態で、
幅などからパワーショベルなどの重機等が入り込むことができず、
同様に北上運河(通称、貞山堀)の堤防側は車両通行できましたが、
つい最近までは崩壊したままでした。
現在では橋までの道が通ったようですが、その先はまだ難しいようです。

おかげで堤防が決壊した場所が海に近いことにより、
普段でさえ決壊部から水田へ水が流れるというのに、
大潮になれば海水が逆流して、いまだに水田から塩水が退かない状況ですね。
この辺は米処でもあったので、苗代でも無いのに水が入っている情景は、
悲しくもあります。

私は大曲小学校出身でもあるので、あの学区内は隅々まで遊びに行きました。

特に大曲浜の漁港集落にはには親しかった友達が多くいまし、
矢本海浜緑地などは普通に遊び場所でもありました。
あそこの大半は松林であり、そこに迷路のような遊歩道あったりして、
よく遊びました。
貞山堀の堤防には防空壕などの大戦頃の遺跡が取り残されたままだったりと、
子供の遊びには事欠かない素晴らしい場所でしたよ。

…それが今では過去形であり、
一切合切、津波に飲まれたかと思うと、胸が痛いです。

さて、海岸線がなだらかな地方での津波対策は如何ほどかと言いますと、
「皆無」と言っていいでしょう。
全く持って、想定されていませんでした。

地震は「宮城県沖地震」など、数年おきに大きな地震があり、
“揺れ”に対する防災意識は高かったのです「津波被害の集中するのはリアス式海岸」という事を言われ続けていたため、
石巻から続く千葉県海岸線までは、大津波の想定はありません。

運良く防風林となった松林が津波の衝撃に対する干渉源となり、
矢本地区の内陸側では家屋の破壊的な被害は少なかったのですが、
山西造船が近い、大曲浜漁港地区の集落は一応の防波堤があったにしろ、
牡鹿半島の市町村のような、壊滅的な被害になってしまいました。
…悲劇なのは、この集落でも津波に対する意識は低く、
高台となるようなコンクリートの建物は皆無であり、
皆、逃げ場所無く津波に浚われてしまったと、悲しくも想像できます。

その上、近くに航空自衛隊松島基地があり、
士気高揚や国防に関わることとして、ヘリコプターによる報道は規制されたようで、
震災直後の松島基地の全容に関わる空撮報道は皆無に近かった状態です。
…その後、基地の津波被害で戦闘機などのエプロン地区の様子は報道されましたが、
全体的な被害については映りませんでした。

このため、その直ぐ近いところである大曲浜漁港周辺の集落は報道されることなく、
完全に孤立、かつ、黙殺されてしまった状態です。

…漁港、東側の石巻工業港の様子は報道でも流れましたが、
その被害のほどについても極めて限定的でした。
一大産業である日本製紙石巻工場の様子は少なかったと記憶しています。

どこもかも、
目を閉じれば、今も思い出せる風景ばかり…

しかし、遠くにいては現地を確認することもできず、
今もこうしてネットに散在する小さな情報を掻き集めては、涙する日々ですね。

まず願うは、仙石線の復旧。
これなくしては、地域の復旧は無いと思います。
このままでは東松島、石巻は名実共に陸の孤島です。
人の行き来が大幅に制限され、特に学生にとっては致命的です。

三陸沿岸の壊滅的な被害は報道でも大きく取り上がられ、
絵や上空からの撮影でも、衝撃的な光景に見えますが、
実のコトロを言えば、もともと津波を想定した地域でもあり、
田畑などの農業は殆ど発展していませんでしたから、
漁港の復旧が整えば、経済活動の復興も早いでしょう。

…しかしながら、なだらかな海岸線では津波想定は無いので、
海岸線近くまで水田が拡がり、なだらかな平地が陸地奥まで拡がっている上に、
高台などの地形的な避難場所もなければ、
工業による発展などもないので、大きな建物も非常に少なく、
コンクリート3階建ての建物と言えば、小中学校以外に、何一つありません。
…東松島地区の病院でさえ小規模な背の低い建物の規模でした。

おかげで、平地でありながら被害の全容がいまだに分からない状態にあります。

1ヶ月経った状態でも、いまだに祈りの時期は続き、
いまだに復旧、復興等は遠い先の話しです。

願わくば、これ以上の悲しみを生まないことを心から祈るところです。

投稿: ひろひら | 2011年4月14日 (木) 21時06分

地区の地形の起伏が浮かぶような詳しい説明ですね、
震源地はっきり見て無かったけれど、石巻の沖130km、
石巻は一番のモロ被りの被災地だったのですね。
報道にもムラが出てしまう、
子供のころの記憶の風景が壊れるのは、
何とも言えない空しいような痛みの様な、
矢本海浜緑地や、三陸の高田松原、ああいう風景は復旧されるのだろうか。

投稿: jun | 2011年4月16日 (土) 10時21分

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