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2010年7月16日 (金)

Depression Rites : normal condition

大雨の夜が過ぎて、無事に朝を迎える。
朝のニュースでは各所の災害を報じており、改めて大雨の怖さを知る。

2時就寝、6時起床。
睡眠時間、4時間。

何だかんだ言いつつ、結局昨晩は2時頃まで寝付けなかった。
テレビで流れるテロップには地元の地名もあるので不安をあおる。
犬山市内でも地区によっては避難勧告も出ていた事もあり人ごとではなかった。

とりあえずウチは市内中心部と言う事で一応の安心はするが、
一度は止んだ雨が、また降るかもしれないと思うと気分的には落ち着かない。

そんな思いもあったが、薬のおかげで何とか眠る事が出来た。

朝の目覚まし時計で起床する。

とりあえずカーテンを開ければ日差しが入り込み、蝉の鳴き声で騒々しい。
何事もなく一夜が明けた事を、誰に祈るワケでもないが、まずは感謝した。

テレビを点けてニュースを見れば、災害の様子が大きく報じられている。
特に近場の地域名が出ると思わず食事の手を止めて注視してしまった。

そうして今ここで普通に生活している事に今一度、安堵する。

ごく身近にあった災害だと思うと恐ろしくも思い、
たまたま、自分の住んでいるところが安全だったとしか思えない。
…何も無かった、と言う事がどれ程幸せなことかと感じ取る。

さらに言えば、昨日の帰宅した電車の時間は幸運でしかなかったのだ。
あれから名鉄のホームページでは犬山線、各務原線の運行中止を掲載していた。
もし、あと1時間ほど帰宅時間が遅れていたら間違いなくダメだったハズだ。
…自分が見た混雑する犬山駅の状況は、自分にも有り得たかもしれなかった。
それを考えると、尚更、今の無事を感謝したくなる。

しかしながら、ただ単に無事だっただけであって、
災害に対し何の備えもない事に対して考えを改めねばならないと感じた。

特に停電に対する備え、対処方法を考えていない事は致命的かもしれない。
昨晩の停電は数分ののちに回復する事が出来たが、
もしコレが一晩、さらに一日と増えていた可能性を考えると手の打ちようがない。

まず、真っ暗でどこに何があるのか、手探りでないと分からない。
今回は雷雨による停電だったから物の配置状況は変化が無く、暗闇を立って歩けた。

しかしコレが地震による停電だった場合は、容易に動く事は出来ない。
いったいどこに何が落ちて分からないし、割れ物等で床が散乱してるかもしれない。
そうすると暗闇の中で這って進む他なく、外に出るだけでも困難となる。

何より灯りがないから、何がどこにあるのか全く分からない。
普段から懐中電灯等の非常用品が備わっていればよいが、
それさえない状況では、暗闇の中で何をすればよいのか立ち往生してしまう。

それと水の確保が必須だ。
コレがなければ食事はおろか、トイレ1つとってもままならない。
現代における水洗トイレの普及は災害時の最大最悪の状況を作るかもしれない。
…なにせ、食べる事はしても、排泄した物を流す事は出来なくなるからだ。
そう言った意味では、常に風呂に水をはっておく事は良い事だと考える。
おそらく飲み水の確保は何とかなっても、トイレの水はどうにもならないだろう。

そんな事をとつとつと考えているウチに自分が危うい場所に立っている事に気付く。

東南海地震。

来るのかどうか、自分には分からない。
分からないが、その可能性を否定する事は出来ない。

少なくとも普段からの心がけ1つで状況を悪化させる事だけは避ける事は出来る。

今回の大雨は自分の無事を喜ぶと共に、
災害に対して今の生活がどれだけ脆弱か考えさせられた。

備えあれば憂い無し。
知識であれ物品であれ、最低限必要な事は備えるべきだと今更ながら思った。

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