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2009年8月21日 (金)

落ちていた御縁玉

朝の出社、駅に向かう大通りで道の端に光るモノを見つけた。

通勤時間帯と言うこともあり行き交う人は足早に通り過ぎ去っていく。
そんな中で私一人その光に興味が湧き、道をそれて光ったモノに近づいた。

ヒザをおり曲げ、その小さな丸い輝きに手を伸ばす。

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それは汚れの付いた五円玉だった。
…きっと誰にもひろわれずそこで、通る人を見ていたのだろう。

このままどうしようかと思い悩んだが、そのまま指で摘み、手で握りしめた。
そのまま自分も通勤途中だと思い出して駅に足早に急ぐ。
…手の中には出勤のお供となった五円玉を握りしめて。

歩きながら手の中でそれを擦ったり、ひっくり返してはさすったりする。
そうしているウチにはた歩きをしたおかげで時間に余裕が出来たので、
あらためて自分の手の平からその五円玉を取り出して見つめてみる。

指で触ったり、こすり続けたおかげか先ほどの汚れはなくなった。
そして、あの独特の鈍い金属の光が発せられていた。

五円玉。

そのデザインは産業を表しており稲穂、歯車、海、双葉。

農業、工業、水産業、林業を象徴したその輝きは、
先ほどまで薄汚れた只の「五円」の価値しかなかったはずの
自分にとっては硬貨と言う名の「金属円盤」だったはずなのに、
今その指で握っているモノは、何か大きな意味を持ったメダルに思えてくる。

そこで裏返してみる。年号を見るためだった。

Dscf0044
「日本国 昭和六十二年」

何故だろう、不意にその当時を思い出した。
国鉄民営化で大きなイベントが行われたが、その当時住んでいた町では、
国鉄最後に作られた駅として「東矢本駅」がテレビで映す出されているのを思いだした。

ああぁ、もうそんな遠い昔に生まれたンだなぁ。
平成ではなく、昭和の末期に作られた、五円玉。

それから二十年以上の間、どの様に過ごしてきたのだろうか?

財布の中で自分よりも、先に出て行く他の高額硬貨を羨ましく思ったり、
レジスターの同じ五円玉の列でいつか出て行く時がくるであろうと待ちこがれて、
なかなか減っていかない順番に溜息をついた時期もあっただろう。
…いや、もしかしたら、
御守り袋に入れられた、ありがたい「御縁玉」だったのかも知れない。

そうして、巡り巡って世界と社会を見渡してきた二十年間は
どんな思いをつのらせたのだろうか。

長い月日を得てた「物」の想いを知ることのできない私の濁った目では、
ただただ、いつもの通勤路の片隅に落ちていた彼を、偶然拾い上げただけだった。

だが、その手の中で次第にぬくもりが伝わっていき、
人肌に温められて輝きを取り戻した、五円玉。
「どうかな、久しぶりの手は? 少し熱すぎるかな」

そう思ってのぞき込んだ彼の光が、私の目に飛び込んだ。

「オレは、お前に拾われたが、お前はどうなんだ?」

まるでそんな風に逆に尋ね返された気がして、ドキッとした。

…どうなんだろう、今の自分、即答できない。

円形の真ん中に開いた孔から、自分の半生が見えそうで恐かった。
子供の頃は? 学生時代は? 青春期は? 社会人になっては? それからは?
…そして、いまの、自分は?

きっとこの「御縁玉」、何年かしてからも問いかけてくるに違いない。
「オレは拾われた。それがどんなことなのか、わからない。
 でも拾ったお前はどうなんだ? あの時、拾った頃から、どうなんだ?」

…指先で摘んでいた御縁玉を財布に入れずに、
定期などが入ったカードケースに入れる。

けして無くさないように、けして忘れないように。

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