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2009年4月22日 (水)

陸橋からの眺め

塗装用の薄め液が少なくなったので、
帰りに近所のホームセンターに寄ってから、
いつもは通らない陸橋を渡って帰った。

P1020187

右上を左下のフェンスの写りこみが残念。

電車に関しての知識は無いんですが、
ただ「いっぱい電車が集まっているなぁ」と思い撮影。

こういう風景を見ることが出来る状態を「日常と非日常の境目」だと思うんですよ。
自分のしらない世界が、薄皮一枚を隔て存在している。
知識の外にあるモノが覗ける状況で、その存在を漠然と認めている様な感じ。

生活の中にある状況が「日常」
生活とは関わらない状況は「非日常」

その非日常にあこがれを持つことは、
知的好奇心を満たす切っ掛けとして良いことだと思うし、
それによって日常の中に何か変化を求めることは、
生活に潤いと活気を与えることにも繋がる。

だけど、これの垣根が無くなってしまったらどうだろう? とも思った。

向こう側から「日常」を見ても、それはやっぱり「日常」であって、
「非日常」だったはずのソレも「日常」になってしまっているから、
いつも変わらぬ当たり前の日々が続くだけとなってしまう。
きっとソレは刺激のない無味乾燥な「日常」になってしまうのだろうか。

入学や入社等で新たな「非日常」の世界に飛び込む新人さんが、
いつしかソレが「日常」だと気付くことがくるのは、幸せなのか不幸せなのか?
それじゃぁ私の場合、仕事は「日常」なのか「非日常」なのか、どっちらだろう?
そしてソレは、どちらが良いことなのだろうか?
…そんなことを疲れた頭でボーッとその光景を見ながら、ふっと思った。

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